ビジネスパーソン必読の「最新コンテンツ」

MBAはこう使う!

日本クラフトビール代表取締役 山田司朗氏(上)

留学後の戻る場所、ライブドア事件で失う 「リスクは一緒」起業決意へ

2015/11/17  (1/3ページ)

 原料や製造方法にこだわり個性的な味わいを持つ少量生産のビール、「クラフトビール」の人気が世界的に高まっている。日本のクラフトビール業界でいま注目を集めているのが、2011年創業の「日本クラフトビール」だ。山田司朗・代表取締役(39)は、英ケンブリッジ大学ビジネススクール出身。同社が製造販売するビールには、山田代表がMBAで学習・経験したエッセンスが詰まっている。

■大学時代、映画「ウォール街」を観て証券業界にあこがれた。

 「ウォール街」の主人公は投資銀行家でしたが、日本で投資銀行のような大きな仕事ができるとしたら証券会社だろうと思い、就職活動は最初、証券会社を中心に回りました。ところが、証券会社で働く大学のOBに話を聞くと、日本の証券会社は個人に株を売買させ、その売買手数料で稼ぐビジネスモデルが依然、主流。自分が想像した世界とはかけ離れていました。

 そんなとき、ベンチャーキャピタル(VC)の存在を知り、興味を持ちました。調べていると、日本インベストメント・ファイナンス(現大和企業投資)がひそかに新卒を募集しているという情報を得ました。面接を受けたら内定をもらいました。

 ただ、結局、入社約1年後に、サイバーエージェントの藤田晋社長からお誘いをいただき、当時社員10名程度だった同社に転職しました。当時のサイバーは立ち上げ間もない時期で、猫の手も借りたい状況だったんですね。ですから、若さと体力に任せて、経験したことがない業務でもなんでもやりました。入社して数カ月後には経営企画室長になり、上場準備を担当しました。といっても企画室は自分だけ。いわゆるIの部といわれる資料(上場申請のための有価証券報告書)を作ったり、規程を整備したり、過去の財務諸表を証取法(現在の金融商品取引法)ベースに直したり、証券会社の引受担当者や監査法人にアドバイスをもらいながら、上場準備実務の大部分は1人でやりました。

 会社は2000年3月に無事、東証マザーズに上場しましたが、私はその直前、今度はオン・ザ・エッヂ(後のライブドア)取締役の宮内亮治さんに誘われ、同社に転職しました。やはり、サイバーに入って約1年後でした。

ページ上部へ