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私のリーダー論

キングジムの宮本彰社長(下)

現場は適材適所、私は「イエスマン」

2019/10/22  (1/3ページ)

 事務用品メーカー、キングジムの宮本彰社長(64)は創業者の孫にあたる。アイデア商品を世に問う開発型企業を目指すのは、祖父の影響が大きいという。4代目社長として25年以上、リーダー像を模索してきた中でつかんだ秘訣は「イエスマン」になること。役員や現場の社員の長所を見抜いて上手に配置し、社長はハンコを押すだけでいい、と語る。

◇   ◇   ◇

キングジムの宮本彰社長

 ――創業家出身ですが、代々の社長はどのようなリーダーでしたか。

 「当社は祖父の宮本英太郎が1927年に創業しました。『偉大なる発明家』と自称する変わり者でした。その長男が2代目社長で営業に尽力しました。わりと早く亡くなったので、創業者の長女の婿が3代目社長を継ぎました。それが私の父です。銀行出身の財務畑の人で、管理部門を充実させました」

 「3代の社長はそれぞれ非常に特徴的です。4代目の自分はこれまで3代の個性のバランスをとるのが理想ですね。でも、一番好きなのは開発ですね。やはりメーカーはものづくりが命。『世界で初めて』といわれるようなものを作り出して、それで褒められたらどれだけうれしいか、といつも考えます」

 ――代々の社長から何を学びましたか。

 「祖父は変わり者ですが、その熱心さはすごかった。自分で考えたアイデアを色々な人に説明して、『これどう思う。どう思う』と、意見を聞いてまわるところは立派でした。『俺が一番偉いんだ、売れないわけがない』というところがない人で、みんなの意見を聞いて改良しようという謙虚な人でした。小学生の私にも『これはどう思う、おまえ』って意見を聞くんです。ちゃんと話を聞いてくれて、『じゃこうしてみようか』と実際に反映してくれるので、子供心にうれしかったです」

■大売り出しの手伝いで「商売って楽しいな」

 「男の孫は私だけだったので期待が大きく、色々な商売を学ばせようとしていました。年末になると、本社ビルがあるこの場所(東京都千代田区東神田)で大売り出しをやっていたのですが、それを手伝わされました。ちょっと傷がついた手帳やノートは市場に出せないので、定価の1割とか2割とか、安い価格でたたき売りするのです。まあ、それが売れるんですよ。安いですから。小学校低学年の私が『いらっしゃいませ』とやっていると、買ってくれる人もいます。自分の売り上げの何割かをお小遣いとしてもらえるので、一生懸命やりました。『商売って楽しいな』『もうけるってうれしいな』と学びましたね」

商売の楽しさを知ったのは小学校低学年のとき

 ――その経験は今も生きていますか。

 「その思い出が原点でしょうか。テプラを発売した時、心の中では『売れなかったらどうしよう』と心配でした。社長のOKをもらったとはいえ、数千個作ったので売れなかったら大変な損失です。最初に東京・銀座の文具店、伊東屋で売り子さんを雇って店頭販売しました。朝からずうっと見ていましたが、全く売れなくて。夕方にやっと1個売れました。うれしかったですね。本体1万6800円、テープは1400円で合わせて2万円弱。文具としては大きい金額です。それを現金でパッと買ってくれた人は神様のように見えました。11月のすごく寒い日で、買ってくれた中年男性の方の顔は今もよく覚えていますよ」

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