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私のリーダー論

Jリーグの村井満チェアマン(上)

選手と4つの約束 Jリーグ門外漢チェアマンの原点

2019/01/29  (3/3ページ)

 ――リクルートキャリアやリクルート香港法人の社長などを経験しています。経営者に求められる条件は何だと思いますか。

「会見などで話す原稿はすべて自分で書く」という

 「自分の言葉で語ることは大事な要素だと思います。大きな会社になれば秘書室や経営企画室が原稿や資料を作ってくれますが、私は今でも資料は自分で作りますし、誰かが作ってくれたとしても自分の話すマナーに合わせて全部作り直します。自分の思いがこもらないと、論理構成が正しくても伝わりません」

 「アジアの人材紹介事業を手掛けていた香港時代は26都市、色々な国・地域の人と仕事をしました。そこで紙芝居のように読み上げていてはまったく通用しない。その頃、4社のM&A(合併・買収)を手掛けましたが、身ぶり手ぶりで私という人間を理解してもらったり、対話を重ねたりしました。英語は得意ではなかったのですが、語学力がないなら、普通は10回やることを50回やればいいわけです。自分の言葉には自分の思いが強烈に存在していて、それが相手にも伝わるのです」

■中国で社員が集団辞職のピンチ

 ――そうした思いを強くする出来事が香港時代にあったそうですね。

 「年末休暇で日本に帰国しているとき、上海から電話がありました。60人いる社員の半数が、会社の方針に納得がいかず、今からストライキを始めて皆で辞めると言っていると。ちょうど人事制度を成果に連動する形に変えたタイミングでした。頑張った人は給料が上がり、そうじゃない人は下がります。私は『1月4日に行くからちょっと待っていてくれ』と言いました。まだ私も高をくくっていて、話せば解決するはずだと思っていました。そしたら本当にごっそり辞めてしまった」

 ――何が原因だったのでしょうか。

 「人事制度改革の前に、経営陣をローテーション人事で変えたことが、不満を抱かせる要因になっていました。当時のリクルートは中国や香港で知名度がなく、現地の社員は、いつ会社が撤退するか、クビを切られるか、リスクを負いながら働いていました。リスクヘッジのために、自分のお金でマネジャーを自宅に呼んでバーベキューなどでもてなしながら関係性を築いていた。しかし私は、中国は家族同士で食事をするのが多いなというぐらいにしか思っていなかった。何も基盤がないなかで、上層部に対して自分をアピールして一生懸命やっていたのに、あるとき突然、日本型のローテーション人事で上司を変えたら、今までやってきたことが全部すっとんじゃうわけです」

 「我々からすると人事異動は当たり前、より良い人事制度に変えるのは当たり前。ですがそれは、リスクを抱えて身銭を切って生きてきた彼らに対する裏切り行為になってしまった。日本でのやり方をそのまま持ち込んでしまったことをとても反省しました。自分の言葉ではなく、人事制度という『紙芝居』を見せただけだったのです。今思えば、まだまだ経営者として社員との向き合い方がすごく薄かったのだと思います」

村井 満

 1959年、埼玉県生まれ。県立浦和高校ではサッカー部に所属。早稲田大学法学部卒業後、83年に日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)に入社。2004年、リクルートエイブリックス(現リクルートキャリア)社長。08年、Jリーグ理事(非常勤)。11年、リクルートのアジア事業を統括するRGF香港の社長。14年に現職。

(安田亜紀代)

[NIKKEI STYLE 2018年5月31日付]

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