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私のリーダー論

Jリーグの村井満チェアマン(上)

選手と4つの約束 Jリーグ門外漢チェアマンの原点

2019/01/29  (2/3ページ)

 「チケット専門なのでグッズのことはわかりませんとか、自分の縄張りしか見ていない人の集合体では、顧客に対して良いサービスはできないでしょう。たこつぼを壊すため、持ち株会社の傘下に事業子会社がぶら下がるグループ形態とし、全員が持ち株会社に本籍を移しました。1つの理念、1つの人事制度で全員が同じ目標に向き合えるようにしたのです。オフィスも集約してチェアマン室もなくし、フリーアドレス制にして対話しやすい形にしました。お互いの話が理解できるようになればベクトルは合ってきます」

■三重苦の環境で学んだこと

 ――リクルート時代には(政財界に未公開株がばらまかれ、1988年に発覚した)リクルート事件に直面したそうですね

リクルート時代の経験がJリーグでも役立っていると話す

 「事件直後に人事部に異動しました。社会的に非難も受け、採用も苦労しましたし、従業員のロイヤリティー(忠誠心)を高めるにも苦労した。うまくいかないことだらけでした。幸いにもリクルート事件は従業員が迷惑をかけたわけではない。従業員は胸を張っていいんだと言い続けました」

 「当時、優しい会社とはどういう会社か、随分議論を重ねました。結論は、雇用を保証する会社が優しい会社ではなく、どこでも通用するように社員を育てられる会社が優しい会社ではないかということ。相当のレピュテーション(風評)リスクにさらされている状況で入社してくれた社員に、どこでも生きていけるようになってもらいたい。社員寮や社宅も廃止して、なけなしの資金をすべて教育投資に回しました」

 「事件の余波もありました。大きな負債もありました。本業(紙の求人広告)がある意味で消滅するという危機がありました。三重苦です。それでも従業員が外を向き、新しい人がどんどん情報をもって外からやってきて、出て行ってもまたチームで仕事をする。そういう循環が生まれて、環境に合わせて生業(なりわい)を変えていくことができました。会社がピンチのときでも社員が高い志を持っていれば、会社は潰れないんだなって思いましたね」

 ――人事部時代には、退職時に1000万円の支援金を付与する「オプト制度」という独特の人事制度も導入しました。

 「普通の希望退職と違い、オプト制度は退職して挑戦しようとする社員に、年齢問わず期間を定めずにどんなタイミングでも支援しようという制度です。人生は1回しかないですが、家族など守るものが多くて勝負ができないことがあります。でも貴重なチャンスがあるときは勝負ができるように退職支援制度を用意する。さらに、社外から引き抜きに合うような能力開発を会社としても支援していこうと考えたのです」

 「逆に言うと、市場価値をもっている人の集団であれば、その会社は強い力を持つ。本当に顧客のためになることをなし遂げたいのであれば、一定期間離れて学校に行くとか、違う会社に行って能力を高めるといった選択肢も必要ですよね。情報は人にくっついて動くものです。閉じたたこつぼの中では、ロイヤリティーの高い集団であっても、いいサービスを作れるわけではないことをリクルート時代に学びました」

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