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私のリーダー論

キッコーマンの堀切功章社長(下)

「駐在員は現地に溶け込め」 キッコーマンの海外戦略

2018/09/10  (1/3ページ)

  キッコーマンの海外進出は意外なほど早い。北米での現地生産は、ホンダやトヨタ自動車など自動車大手よりも早く、1973年に米国に工場を新設した。今やしょうゆは、世界約100カ国で展開、同社の海外売上比率は5割を超えている。しかし、なぜ「もっともローカル」な調味料が世界に広がったのだろうか。堀切功章社長に、キッコーマンの海外戦略を聞いた。

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キッコーマンの堀切功章社長

■1950年代、米西海岸に営業拠点

――なぜ日本食ブーム以前の1950年代に、キッコーマンは海外進出し、73年に現地工場を設立できたのでしょうか。

 「ひとえに、日本の発酵・醸造食品、特にしょうゆという調味料が非常に可能性を秘めているからです。人間が人工的につくったものではない。微生物が長い時間かけて香りやうまみを醸し出してできた、非常に複雑な調味料だから、持っているポテンシャルが高い。いろんな食品に合わせられるんです」

 「米国では、しょうゆを『和食の調味料』ではなく、『オール・パーパス・シーズニング(万能の調味料)』として売り出しました。アジアでもヨーロッパでも基本は同じ考え方で、国や地域で伝統的・日常的に食べられている食品にどうやってしょうゆを染み込ませるか、というのが基本です。ですから、サンフランシスコに販売会社を作った1950年代の当時、今までしょうゆを使ったことがない人たちに、どうやって紹介し、食べてもらうかがすべてだったでしょう」

■「肉にしょうゆ」 米国が教えてくれた新しい味わい

――とはいえ、調味料は非常にローカルなもので、その地域ごとにあるものだと思います。キッコーマンは約100カ国で展開されていますが。

 「最初は大変だったんですよね。57年からマーケティングを始めましたが、そもそも現地の消費者はこの『茶色の液体』が何かを知らない。今のようにすしや天ぷらを日常的に食べられる時代ではありませんからね。とにかく口にしてもらうため、彼らが日常的に食べる肉類にしょうゆをつけて焼いて、スーパーマーケットでデモンストレーションしたんです」

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