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リーダーの母校

プリファードネットワークスの西川徹社長(上)

「筑駒合格ならパソコン」で奮起 AI起業の西川徹氏

2018/06/12  (1/3ページ)

 有望スタートアップ企業を対象とした日本経済新聞社の「NEXTユニコーン調査」で推計企業価値1位になった、人工知能(AI)開発ベンチャーのプリファードネットワークス(東京・千代田)。率いるのは、筑波大学付属駒場中学・高校(筑駒、東京・世田谷)出身の西川徹社長(35)だ。西川氏は、「好きなパソコンを自由にさせてくれた筑駒の校風があったからこそ、今がある」と語る。

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西川徹・プリファードネットワークス社長

■小学5年が成績のピークだった。

 中学受験の勉強は小学4年のころから始めました。平日は練馬区の自宅近くの四谷大塚の提携塾で授業を受け、毎週日曜日は、テストを受けるためにJR中央線の中野駅近くにある四谷大塚の中野校舎へ。

 学校よりも塾のほうが気の合う友達が大勢いましたし、塾の先生とも仲が良かったので、塾はいつも楽しみでした。塾帰りに友達と買い食いするなど、楽しい思い出がたくさんあります。

 ただ、塾の成績は、小学5年をピークに下降線をたどっていきました。

 小さいころから、算数や理科といった、考えて問題を解いていく科目は大好きでしたが、逆に、国語や社会など暗記モノが苦手。塾の授業も、4年生の時は、どちらかといえば考えることを重視した授業で楽しかったのですが、5年生の途中から6年生になると、受験用に詰め込み型の授業になっていきました。すると、急に授業がつまらなくなり、モチベーションもダウン。必然的にテストの点数も下がっていきました。

 当時、四谷大塚は、テストの成績で教室が決まっていました。成績トップの人たちは中野校舎の3階。2番目のレベルの人たちは2階と、だんだん階が下がっていき、成績下位の人たちは地下にある教室に送られます。もっと成績が下になると、遠く離れた別の校舎に飛ばされました

 私は、5年生まではいつも3階で、四谷大塚の全国テストで全国1位をとったこともあります。しかし、その後は、成績の下降とともに階も下がり、ついには地下室送りになりました。たしか1回ぐらい別の校舎送りになった記憶もあります。

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