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リーダーの母校

飯島彰己・三井物産会長が語る(上)

きら星の様な同窓生に巡り会う

2018/03/01  (1/3ページ)

 政界や経済界に多くの人材を輩出してきた名門男子校、栄光学園中学・高校(神奈川県鎌倉市)。三井物産の飯島彰己会長も卒業生の1人だ。「今の自分があるのは、栄光学園で厳しく鍛えられたから」と語る。徹底した現場主義で知られる飯島会長が栄光学園で過ごした日々を振り返った。

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■逗子に生まれ、小学校の教師に勧められて栄光学園を受験。

 栄光を受験した理由は2つあります。一番大きな理由は、私の家が地元の公立中学校よりも栄光のほうが近かったこと。今は移転しましたが、当時はトンネルをちょっと越えて、長浦湾に出てバスでぱっといけば、すぐに着くほどの距離です。

 小学校の先生に勧められたのは、私の通っていた逗子の小学校から、その頃の10年、先輩たちが何度も栄光学園を受けていたけれど、1人も合格者がいなかったのです。逗子には当時、小学校が4つあり、栄光学園にはみんな他の小学校から行っていた。比較的成績はよかったから、先生に勧められた両親も、遊んでばかりの私を見て「教育やしつけに厳しい栄光に入れてしまえば安心だ」と思ったのでしょうね。

■入学したものの、先輩が一人もいない。授業のやり方がわからず苦労した。

 一番つらかったのは「不意打ち試験」です。ある朝学校に行くと、突然の時間割変更があるんです。「なぜ時間割が変わったんだろう」と思っていたら、不意打ちの試験なんですよ。試験の内容が事前にばれないよう、一気にやるんです。先輩のいる同級生たちは、「そろそろ試験があるぞ」とみんな分かっている。

 栄光は、中間テストと期末テスト以外は、すべて不意打ちでした。テストで60点以下だと赤座布団といって、赤線を引かれて戻される。成績は、中間・期末テストと、この不意打ちの「平常テスト」で決まります。毎回、始業式には成績ごとにA、B、Cとそれ以下の生徒に分けられて、6学年全員が集まっているなかで読み上げられます。今はもうやめたそうですが、Aの人たちは壇上にあがって表彰され、賞状をもらう。

 落第する人もいるんですよ。毎年、10人くらい落っこちてしまう。「私の履歴書」で細川護熙元首相も、1度落第したと書かれていました。私も入学してすぐは、「こんな成績じゃ困る」と校長先生に注意されて、必死でした。

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