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リーダーのマネジメント論

日産自動車会長 カルロス・ゴーン氏(上)

「私は変化が嫌いだ」 再建王ゴーン氏の本音

2017/06/23  (1/2ページ)

 経営危機に直面した企業の再建における経営手腕に注目が集まる日産自動車会長兼三菱自動車会長のカルロス・ゴーン氏。2016年10月下旬、横浜市の日産本社で開いた次世代リーダー養成講座では、社内外の企業幹部候補生30人を前に、「信念はかたくなに、そして実行するときは柔軟に動くことが肝要」などと、自らのリーダーシップ論などを熱く語った。「再建王」ゴーン氏を相手に活発に質問が飛び交った会場でのやり取りを2回にわたり紹介する。

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 ――これまでの仕事で、もっともチャレンジングな仕事は何だったのでしょうか。

 「一般的に、その次の仕事が一番チャレンジングです。過去の実績は、成功すれば簡単だと思えてしまう。みんな忘れてしまうのです。また、同じくらい難しい課題が同時に発生したら大変ですね。たとえば、品質管理のような内部的な問題があるときに、大震災のような外部的な危機が起きたら大変です。そこに自分の健康や家族の事情など、プライベートにも問題が重なってしまったら......。2011年、12年は東日本大震災にユーロ危機など、複数の危機が同時期に発生しました。しかも突然です。すべての課題に最大の時間を費やし、成果が見られるまでやり続けなければなりませんでした」

■日産のままで。ただし『成功する』日産に

 ――これまでに最も厳しかった決断はなんですか。

 「『日産リバイバルプラン』(1999年にゴーン氏が策定した日産再建計画)です。いくつかの工場を廃止し、多くの会社を売却しなければなりませんでした。その上、結果にもコミットしなければならなかったのです。従業員に対しても、会社に対しても劇的な変化をもたらしました」

 ――リバイバルプランの実施にあたり、何を変え、何を変えなかったのですか。

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 「驚かれるかもしれませんが、私は変化が嫌いなのです。変えなければならないことは、最小限に抑えたいのです。よくなると期待するから変えるのであって、変えることが目的になってはいけません。私は日産のままでいたかった。ただし、『成功する日産』にしたかったのです」

 「企業の文化は尊重しなければなりません。2つ例をあげましょう。まず、若い世代に対する明らかな差別は問題ですが、日本企業特有の『年功序列』は変えなかったのです。2番目は部品会社など『ケイレツ』のシステムについてです。これも日本の自動車業界の独自スタイルですが、私は『ケイレツ』のシステム自体は否定はしていないのです。問題がある部品会社との関係について、実績や必要に応じて変えただけです。何かを変えるとき、決める人は変化を嫌う人がいいですよ。慎重に動きますから」

■情熱を持ち続けられる理由

 ――困難な状況が続くなか、なぜゴーンさんは情熱を持っていられるのでしょうか。

 「哲学的な質問ですね。情熱の源がどこにあるかは、皆さんにも聞きたい。私は、学ぶことが大好きなのです。多くの人からすでに実績があるでしょう、といわれますが、私は毎日学ぶことができるから意欲を持ち続けられるのです。どうやって解決策を見いだそうか、どうしたら従業員が力を合わせられるのか、考え続けられるのです。今、自動車分野では人工知能(AI)による自動運転やコネクテッドカー(つながる車)、EV(電気自動車)などの低排出ガス車など様々な革新的な技術が出ています。学ぶ熱意は止まることがありません」

 「日産に来たとき、私は仏ルノーのナンバー2でした。『子供も家もあるし、パリも快適なのに、破綻寸前の日産になぜ行くのか』といわれました。もし失敗していたら、キャリアに大きな傷がつきます。しかし、私はそのとき『日本に行けば色々と学べる!』と思ったのです。日本の自動車だけでなく言語や文化......。様々なことが学べると思いました。『もう新しいことを学ばなくてもいい』と思うときは生涯を終えるときです」

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