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リーダーのマネジメント論

三枝匡・ミスミグループ本社 取締役会議長 (下)

乱暴だが、二倍速で後継者育成

2017/06/16  (1/3ページ)

 自分が引退するときは40歳代の後継者にトップを引き継ぎたい、という野心を持ち、実行に移したミスミグループ本社の三枝匡・取締役会議長。しかし、日本の若い世代で経営の経験を持つ人材は非常に限られている。「二倍速で育てた」「乱暴だった」と自ら述懐する三枝氏の「経営者人材」育成法を聞いた。

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■経営経験のない若手を鍛える

 ――三枝さんは、2013年に40歳代だった大野龍隆氏に社長を譲りました。

 「私は自分が引退するときは40歳代の後継者にバトンを渡したい、という希望をもっていました。1つの野心でした。そのため、私は57歳でミスミを引き受けた時から、30歳代後半から40歳代前半の人を対象として、将来の後継者を育成しようと思いました。そこで、社内の数人と社外から採用した数人をその候補者に選ぶことにしました。ところが、日本の会社に勤めるその年代の人といえば、経営の経験がない人がほとんどで、かなりストレッチし、鍛える必要がありました」

■世の中の二倍速で育てる

ミスミグループ本社取締役会議長の三枝匡氏

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――著書「ザ・会社改造」のなかで『乱暴な人事』だったと書いていますが。

 「私は世の中の会社で10年かかる人を5年で育てる、というような二倍速の人材育成を頭のなかで考えました。そのためには、少し無理な仕事をさせなければうまくいきません。ところが、ある課長に事業部長をやってごらん、と実際に仕事を与えてみると当人にとっては『身の丈の合わないジャンプ』だった、ということがよくありました」

 「一定数の割合でうまくいかず、行き詰まってしまう人が出てくる。特に私が社長に就いてからの前半戦は、チャレンジさせてうまくいかなければ代わってもらわざるを得ない、ということがよく起きました。一般の社員よりも、幹部候補生のほうで転職率が高いという状況が続いたのです。面接の段階で絞り込み、さらにポテンシャルがあると見込んだ強烈に少ない母集団のなかでさえ、残る社員の確率は低かったと思います」

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