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私を変えたMBA

本田直之・レバレッジコンサルティング代表(下)

「秘書はiPhone」 ハワイに5カ月いても経営者はできる

2017/02/14  (1/3ページ)

 経営学修士(MBA)を取った動機はハワイに住むためだったという、本田直之・レバレッジコンサルティング代表のMBAストーリー。後半は、MBAをテコに経営者への道を歩み出し、ついには夢を実現するまでの展開を語る。

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■サンダーバード国際経営大学院を卒業後は、最終的に独立することを念頭に、転職を重ねた。

 将来、自分で会社を経営するのに必要なのは、IT(情報技術)と金融の知識だと考え、まずIT企業に就職することにしました。当時の日本のIT企業は、理系かIT企業の経験者しか採用しなかったのですが、サンダーバードでインターネットビジネスを勉強した経験を買われ、受けた企業すべてから内定をもらいました。特にネットワークコンピューターに関心があったので、日本オラクルに入社し、ネットワークコンピューター関連の事業のマーケティングの担当になりました。

 2年後、シティバンク在日支店(現シティバンク銀行)に転職し、インターネットバンキング事業の立ち上げにかかわりました。新規事業の立ち上げは非常に面白かったのですが、ほどなくして、バックスグループの創業者から、「会社を上場させたいので一緒にやらないか」と声を掛けられました。

 会社を上場させる経験は貴重だと思いましたが、昔からよく知っている会社だけに、様々な経営上の問題があることもわかっていました。そこで、「自分も出資し、かつ役員として入るなら」という条件を提示。希望通り、常務として経営に参加しました。シティバンクは1年で退職しました。

 その時は、会社経営の経験も株式上場の経験もまったくなかったのですが、自分の中では、できると勝手に信じ込んでいました。根拠はありませんでしたが、サンダーバードでの大変な2年間を何とか乗り越えたことで、「やれば何とかできるかな」という妙な自信が付いていたのだと思います。

 入社後は、役員として人事に大ナタを振るい、仕事のやり方も事業の内容もガラッと変え、2001年、上場を果たしました。

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