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私を変えたMBA

資生堂社長 魚谷雅彦氏(上)

「膨大な予習は経営者へのトレーニング」米国での学び

2016/12/12  (1/3ページ)

 ライオン、日本コカ・コーラ社長などを経て、2014年4月、資生堂の社長に就任した魚谷雅彦氏(62)。積極的なマーケティング改革やダイバーシティー(多様性)経営の推進など、強力なリーダーシップを発揮して、日本を代表する老舗企業を大きく変え始めた。その魚谷氏が、「自らの原点」と強調するのが、若かりしころの米ビジネススクールへの留学だ。

◇   ◇   ◇

■最初の就職先はライオン。動機は、海外留学だった。

 私が経営学修士(MBA)を取得することになった原点は、海外への憧れでした。高校1年の時に出会った英語の先生がとても型破りな方で、授業も面白く、英語がとても好きになりました。好きこそ物の上手なれで、成績もぐんぐん上がり、学年で1番になったこともありました。

 その流れで、大学は実家に近い京都市にある同志社大学の文学部英文学科に進学。そこで出会った英作文の先生が、これまたユニークを絵に描いたような人。長髪に真っ白なジーンズ姿で現れたと思ったら、「君たちに生きた英語を教えたい」と言って、実際、教科書に出ていない面白い表現をたくさん教えてくれました。

 ますます英語が好きになり、休日にはよく平安神宮に行き、外国人観光客に「How are you? 」と話しかけていました。

 そうなると当然、外国に住みたくもなります。就職は最初、商社を考えましたが、当時は文学部は門前払い。調べたら、ライオンに社内留学制度があることがわかり、ライオンを受けました。

 面接では、他の学生が「消費財で世の中に貢献したい」などと立派な志望動機を述べる中、私は「留学したい」の一点張り。面接担当者から「では、留学してわが社にどう貢献するのか」と聞かれても、「留学してから考えます」と頑固に留学にこだわりました。変なやつだと思われたに違いありません。

 しかし、それがよかったのか、入社2年目という異例の速さで社内の留学試験を受けることを認められ、3年目に米国に留学することになりました。

 ただ、当時の私は、ビジネススクールやMBAについては、ほとんど無知、無関心。とりあえず海外留学したい。その気持ちだけでした。

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