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私を変えたMBA

C Channel社長 森川亮氏(上)

MBAなしには、「LINE」は存在しなかった

2016/09/20  (1/3ページ)

 今や小学生からお年寄りまで知っている無料対話アプリのLINE。生みの親、森川亮・前LINE社長(現C Channel社長、49)は、もともと音楽の仕事がしたくてテレビ局に就職した。ところが、大学の専門が災いし、任された仕事はシステム開発。何とかキャリアチェンジしたい。一念発起し、働きながら経営学修士(MBA)を取得した。それが結果的に、後のLINEの誕生へとつながった。

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■子供のころから多芸多才、学習意欲が旺盛だった。

 小さいころから音楽が好きで、小学生のころは、歌手としてテレビに出演したこともありました。次に楽器にはまり、ピアノ、ギター、ドラムなど、メジャーな楽器は一通り習得。高校でシンセサイザーと出合い、コンピューターにも興味を持つようになりました。これからは曲を作るにもコンピューターの知識が必要になると思い、筑波大学の情報工学に進学しました。

 大学でも音楽活動を続け、音楽にかかわれる業界で仕事をしたいとの思いから、日本テレビに入社しました。ところが、配属されたのは思いもしなかったシステム部。大学の専攻が裏目に出ました。

 仕事はコンピューターシステムの開発で、日本で初となる選挙の出口調査のシステムや、視聴率分析のシステムの開発を手掛けました。視聴率分析システムは業界で結構話題になり、講演依頼が相次ぎました。

 でもやはり違う仕事がしたい。しかし皮肉なことに、仕事で結果を出せば出すほど、異動が遠のいていきました。

 だったら会社を辞めようと思い辞表を出したら、好きなことをやっていいからと慰留されました。それで、インターネット事業を立ち上げ、会社のホームページを作って広告を売ったり、動画の有料配信を始めたりしました。今の日テレのホームページは、もともと私が作ったものです。

 そのころから、経営への興味が徐々にわいてきました。ちょうど、日本企業が、コンピューターシステムの導入による経営のコストダウンや業務プロセスの改善に力を入れ始めていた時期。ですから、システム開発の仕事をしているとおのずと経営について考える機会も多く、それが経営への関心につながったのだと思います。

 好きなことをやらせてもらえるようになったとはいえ、エンジニアという社内の私へのイメージは、変わりはありません。事業企画の仕事でキャリアパスを作るためには、何か会社にアピールできるものが必要だ。頭に浮かんだのが、MBAでした。

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